「増補大江山」 鬼女の早変わり

京都・戻り橋に現れる鬼女の腕を渡辺綱が切り落としたという平家物語の説話を劇化したものです。東京では、1988年5月、1995年12月に次いで3回目の上演で、比較的珍しい出し物と言えます。

戻り橋の段
床は、津駒久大夫、松香大夫、津国大夫、南都大夫の掛合いです。3丁の三味線、2面の八雲琴を率いるのが寛治。渡辺綱を遣うのは、私のご贔屓、玉也です。古武士のような風貌の玉也が出ると、舞台が引き締まる感じがします。若菜(実は鬼女)は、五代目豊松清十郎を襲名することになった清之助。清之助の名で上がる舞台もあとわずかでしょう。

興味の対象は、初めて見る角出しのガブの首です。一見、可愛らしい娘の首ですが、単眼鏡で仔細に検分すると、頬に仕掛けの分割線があります(目の仕掛けはわかりません)。登場後間もなくと、戻り橋の上の2回、角を生やし、金目を剥き出し、大口を開けた鬼女に変容しますが、瞬く間のことです。綱に正体を見破られた後は、おどろおどろしい鬼女の首に換わります。これも初めて見る首です。清之助の舞台衣装も、鬼女と同じ雲模様のものに早変わりします。鬼女の長い髪を振り回し、綱との大立ち回りを演じ、大活躍です。右腕を切り落とされた鬼女が逆巻く雷雲の上から綱を睨みつけて幕切れになりました。なかなかの迫力でした。

書割の絵から、戻り橋は、鴨川か加茂川にかかる橋のような気がしていました。*1しかし、帰宅後調べてみると、京都御所の西側の堀川にかかる橋で、現在も同じ場所に一條戻橋として存在していることを知りました。死者が蘇生したという言い伝えから、この名がついたそうです。いかにも、鬼女退治の舞台になりそうな場所だったのでしょう。

*1:冒頭に「白々と月照り渡る堀川の」という地合があるのを聞き逃していました。しかし、月夜とは言え、「辿る大路に人影も、火影も見えず」というような夜更に、一条から五条まで約3.5kmの道のりを若い娘が一人で行こうとしていること自体、十分怪しかったのでしょう。