フェルメール展

Wilm2008-09-28

妻と上野の東京都美術館で開催中の「フェルメール展」に出かけました。出展数は39点。そのうち、フェルメールは7点です。ふつう、全体の2割も占めていない画家の名前を展覧会名にするのは考えられないことです。しかし、フェルメール自身の作品が最大でも37点しか現存していないので、その約2割が集められていれば、「フェルメール展」を標榜する資格があるというわけです。寡作の画家にのみ許される特権でしょう。

本展は、日本では過去最多の7点*1が一挙に展示されるということで、前評判も上々でした。しかし、マスターピースとなるはずだった「絵画芸術」(1667)がヴィーン美術史美術館の翻意によって借り出せなくなり、急遽、ダブリンのナショナル・ギャラリーから「手紙を書く女と召使」(1672)を調達して数合わせをしたようです*2。この椿事のおかげで、日本初公開作品数は、当初予定の4点から5点に増えました。私は、2004年の「栄光のオランダ・フランドル絵画展」で「絵画芸術」*3を観ていますから、その方が結果的にはありがたかったことになります。
http://d.hatena.ne.jp/Wilm/20040620

12月14日までの会期は長いとはいうものの*4、長蛇の列を覚悟して出かけたところ、美術館前の看板には「只今の待ち時間0分」の表示が出ていて、拍子抜けしました。さっそく、入場してみると、やはり会場内はそれなりに混雑しており、絵に近づくのにはちょっとした努力が必要です。しかし、地下1階は、ファブリティウスやデ・ホーホら、デルフト絵画の主要画家たちの作品ですので、遠目の鑑賞で満足することにしました。1階がフェルメール作品の会場です。


「マルタとマリアの家のキリスト」
最初は、25「マルタとマリアの家のキリスト」(1655)です。日本初公開。フェルメールでは、数少ない宗教的題材の絵です。初期の作品なので、後年の特徴は顕著ではありません。

「ディアナとニンフたち」
次は、26「ディアナとニンフたち」(1656)です。過去2回来日していますので、3回目のお目見えです。しかし、小林頼子ら、本作を真作と認めていない学者もいます。だからというわけでもないのですが、このフェルメール唯一の神話画は、それほど感銘を与える作品ではありません。

「小路」
次は、27「小路」(1660)です。日本初公開。2点しかないフェルメールの風景画の1点で*5フェルメールでは唯一、子供が描かれている絵でもあります(後ろを向いて座っているので、言われなければ気付かないくらいですが)。煉瓦造りの建物がかっちり描き込まれた几帳面な絵です。

「ワイングラスを持つ娘」
会場が変わり、次が28「ワイングラスを持つ娘」(1660)。日本初公開。宣伝用のチラシや図録の表紙に採用されていることから、主催者は、本展の目玉として位置づけているようです。しかし、私はこの絵が好きではありません。何より、娘が下卑た表情で鑑賞者の方を向いており、不快です。フェルメール一流の絵画的演出のためか、襞を強調したスカートに隠れた足が異様に長いとか、左手が人間の手に見えないなど、粗も目立ちます。

リュート調弦する女」
次は、29「リュート調弦する女」(1665)です。2000年の大阪展以来、2回目のお目見えです。これも、全体的にくすんでいるうえ、女性の表情が不気味なので、好きとは言いがたい作品です。

「手紙を書く女と召使」
次は、番外「手紙を書く女と召使」(1670)です。「絵画芸術」の救援投手として登板し、日本初公開。フェルメール晩年の落ち着いた絵です。左の窓から差す光が透明で、静謐な雰囲気を醸し出しています。この絵を観ることができたのは幸いでした。

「ヴァージナルの前に座る若い女
最後が31「ヴァージナルの前に座る若い女」(1670)です。日本初公開。本作は、第2次世界大戦前はフェルメール作とされていながら、戦後、贋作とみなされ、最近の学術調査の結果、2004年になってようやく真作として再評価されたものです。小品で画面が暗いので地味な作品ですが、若い女のちょっと物憂げな表情が印象に残ります。個人蔵の作品なので、本展は貴重な鑑賞機会になりました。


フェルメールのサムネイル
2階にフェルメール全作品の実物大の複製写真が展示されていました。複製とは言え、全作品をこのような形で俯瞰できるのは珍しいことです。こうやって眺めてみると、本当に好きな作品は、「絵画芸術」と「手紙を書く女」(1665)くらいだなあと思いました。「絵画芸術」は、フェルメールの全作品(少なくとも私が実際に観たことのある20数点)の中で、最も優れた作品だと思います。その証左に、虎の威を借ると、ダリは、世界滅亡からただ一点だけの絵画を救出できるとしたら何を選ぶか、という問いに対し、「フェルメールの《絵画芸術》。」と答えたそうです。また、フェルメールの死後、未亡人は、最後までこの作品を手元に置こうとしたということです。

本展は、必ずしもフェルメールの代表作が揃っているわけではありませんが、日本初公開5点を含む7点という数字自体が尋常ではありませんし、初期の珍しい作品や「ヴァージナルの前に座る若い女」のように今後鑑賞機会が限られそうな作品も含まれているので、フェルメール好きにとっては、やはり外せない展覧会ということになりそうです。図録を見る限り、地方への巡回はないようです。

しかし、2004年以来4年余りの間に、東京にいるだけでフェルメールが10作品も鑑賞できたのですから、ありがたい時代になったものです。欧米に出かけなくても、行方不明の「合奏」(1666)以外の全作品を日本で観るのも夢ではないかもしれません。
http://d.hatena.ne.jp/Wilm/20071013
http://d.hatena.ne.jp/Wilm/20050904

*1:これまでの過去最高は、2000年に大阪市立美術館で開催された「フェルメールとその時代展」での「聖プレクデス」(?)、「リュート調弦する女」(1665)、「天秤を持つ女」(1665)、「真珠の耳飾りの少女」(1666)、「地理学者」(1669)の5点。

*2:宣伝用のチラシはもちろん、図録の修正も間に合わず、「絵画芸術」の解説が何の断り書きもなく、そのまま収録されています。「手紙を書く女と召使」は、辛うじて巻末に「特別出展作品」として収録されています。

*3:「栄光のオランダ・フランドル絵画展」では「画家のアトリエ」という題名で展示されていました。

*4:これらの作品が4ケ月以上も借り出せたというのは、ちょっと意外です。

*5:もう1点は、「デルフト眺望」(1660)。