セルのベートーヴェン

先日、セルのモーツァルト・ボックスを予約注文する際、併せて、セルの1969年ザルツブルク音楽祭ライブのCDを「ああ、これほしかったんだよね。」と注文しそうになった。注文ボタンを押下する前、念のため、所有クラシックCDのExcelデータベースを調べたら、何と持っていることがわかった。危なく二重購入するところだった。所有CDが増えてくるに従って、この手のリスクが増している。ことほど左様に、自分の記憶力はまったくあてにならないので、データベース化は必須である*1

ということで、実は持っていた1969年ザルツブルク音楽祭ライブCDをCD棚から探し出して聴く。「エグモント」序曲、ピアノ協奏曲第3番、第5交響曲というオール・ベートーヴェンの重量級プログラムである。

「ミニ運命交響曲」とも言うべき「エグモント」序曲から剛直な演奏である。言われなければ、ヴィーン・フィルの演奏とはわからないだろう。続く協奏曲は、エミール・ギレリスの明瞭かつ強靭な打鍵と重厚な管弦楽の相乗によって、剛毅な演奏になっている。この演奏の前では、ポリーニですら甘く聴こえる。白眉は、何と言っても第5交響曲だ。唸る弦、咆哮する管。ショルティ(1958年ヴィーン・フィル盤)やライナーと相通ずる演奏である。第4楽章の提示部の反復を行っていないのが唯一惜しまれるだけで、あとはこの曲の理想的な演奏の一つと言ってよい。しかし、この演奏会の聴衆は、立て続けにこのような演奏を聴かされ、さぞや体力を消耗したことだろう。

ヴィーン・フィルのあるメンバーは、1958年と1959年にショルティベートーヴェンの第3・5・7交響曲を録音した際、「ショルティの奴の首を絞めてやりたい。」と述懐したそうだ。典雅な演奏を好むヴィーン人としては、ハンガリー人指揮者に激烈な演奏を強いられたのがよほど腹に据えかねたのだろう。おそらく、1969年の夏に、彼らはセルに対しても同じ感情を抱いたのではないだろうか。

この演奏会は、セルの18回に及ぶザルツブルク音楽祭への出演の最後のものとなった。それから1年も経たない1970年7月30日に、セルはこの世を去った。とても最晩年の録音とは信じがたい。
ベートーヴェン:交響曲第5番

*1:1曲1演奏ごとに1行割り当てているExcelデータベースは、現在、2,236行になっている。