「明日への遺言」 日本人もアメリカ人も観るべき映画

Wilm2008-03-22

今月封切られた映画「明日への遺言」を観に行くことにしました。妻子を誘ったのですが、「法廷劇ならDVD化されてからでいい。」とあっさり断られました。結局、彼女らがLAZONAで買い物をしている間に、私ひとり、チネチッタで観ることになりました。


冷静な法廷劇
本作は、米第8軍軍事委員会が横浜地方裁判所陪審法廷を接収して行った「BC級戦犯」裁判のうち、米軍捕虜虐待の容疑で訴追された岡田資陸軍中将*1の法廷での戦い「法戦」を描いた映画です。カメラは、法廷と巣鴨プリズンから外に出ることはなく、専ら軍事委員会の審理を淡々と描いていきます。空襲の惨状は、弁護側証人*2によってのみ語られ、具体的描写はありません。他方、軍事委員、検察官*3、弁護士らアメリカ側関係者の描写も好意的です。情緒的演出を排した冷静な法廷劇が日本で製作されるようになったことを喜びたいと思います。


どちらが戦争犯罪なのか
軍事委員会では、名古屋空襲の際に撃墜されたB29搭乗員38名を岡田中将の命令で軍律会議または略式手続によって処刑したことが国際法違反になるかどうかが争われます。岡田中将は、軍事・軍需施設のない人口密集地に対する米軍の無差別爆撃は戦争犯罪であり、その犯罪容疑者は捕虜としての待遇を受ける資格がなく、また略式手続に基づく処刑も、軍律上相当性があったと反論します。何とか情状を引き出そうとする軍事委員長の「処刑は復讐・報復だったのでは。」という最終尋問に対しても、毅然と「処罰である。」と答えます。太平洋戦争末期の日本に対する無差別都市爆撃や広島・長崎への原爆投下といった米国の戦争犯罪に対する告発と言えるでしょう。


横浜軍事法廷
本作の製作にあたり、その舞台となる横浜軍事法廷をセットで再現したということです。桐蔭横浜大学に移築・保存されている実物を訪れたときの写真と比較してみると、軍事委員席から証言席、傍聴席に至るまで、かなり正確に再現したことがわかります。*4法的根拠のない「A級戦犯」裁判と違って、まがりなりにも戦争法規違反事件を取り扱い、審理も比較的公平で死刑執行にも謙抑的であったと言われる横浜軍事法廷での審理が、このような形で銀幕に姿を留めることになったのは貴重です。日本人もアメリカ人も観るべき映画だと思います。*5
http://d.hatena.ne.jp/Wilm/20060916


映画館を出ると、作中で処刑直前の岡田中将が見上げたような満月がかかっていました。*6こういう映画を観たあとだからかもしれませんが、チネチッタのガラス塔が広島の原爆ドームのように見えました。

*1:藤田まことの落ち着いた演技は、既成概念としての帝国陸軍軍人像の修正を迫るほどです。

*2:田中好子蒼井優がいい演技を見せます。

*3:演ずるフレッド・マックィーンは驚くほどスティーヴ・マックィーンに似ており、日本国内では彼の息子として報道されています。しかし、インターネット上を見る限り、米国発の情報で、そのようなものは見当たりませんでした。

*4:ただし、映画の中で被告席や検察官席として描かれた両翼の席は、実際は報道席であり、ここは映画的創作のようです。

*5:米軍将兵向け日刊紙「スターズ・アンド・ストライプス」ウェブ版が本作の好意的な映画評を掲載しています。

*6:実際には、岡田中将が処刑された1949年9月17日0時30分の月齢は23.48。晴天であったとすれば、月面の約6割が欠けた下弦の月が東の空にかかっていたはずです。