「トスカ」

夕方、娘たちに留守番をさせて、妻と上野にオペラを観に行く。今日は、ハンガリー国立歌劇場の引越公演で、出し物は、プッチーニの「トスカ」である。私は、二期会や初台など国内の団体のオペラ公演を好んで観ており、外来公演を観るのは、2001年11月のアンハルト州立歌劇場の「さまよえるオランダ人」以来5年ぶりだ。

座付きの演出家・ヴィクトル・ナジの演出は、台本に忠実なオーソドックスなものだ。演技、衣装、舞台装置、いずれも長い上演伝統を窺わせる安定感がある。新奇性はないかもしれないが、このオペラであまり奇抜なことをされても困る。

ハンガリー人の歌唱陣は、悪辣・嗜虐的なスカルピアを好演したベラ・ペレンツを筆頭に挙げるべきだろう*1。カヴァラドッシのイシュトヴァーン・コヴァーチハージも「星も光りぬ」で朗々切々とした歌を聴かせた。肝心のタイトルロール・トスカのゲオルギーナ・ルカーチは、低域が喉声になるので、あまり好きな歌唱ではない。「歌に生き愛に生き」も今一つ冴えない。もっとも、大詰めで、予想外のカヴァラドッシの死に逆上し、城壁から身を投げるまでの鬼気迫る演技は見事だった。

このオペラは、合唱団を別にすれば、女性登場人物はトスカだけ、という地味な構成だ。しかし、今日は、もう一人プリマがいた。指揮者の西本智実である。実演を初めて聴く指揮者だが、なかなかの実力者と見た。渾身の力を振り絞って、管弦楽から力強い響きを引き出す。ただでさえよく鳴るプッチーニ管弦楽が、まるでシュトラウスのように響く。オーケストラもハンガリーの団体だけあって、「え、こんなに強奏していいんですか。いいんですね。では遠慮なくやらせてもらいます。」とばかり、声楽を圧倒する音量で鳴る。

カーテンコールで、一番盛大な拍手を浴びたのは、西本だった。固定ファンが大挙して詰め掛けていたらしく、指揮者が登場すると、いきなりスンタンディング・オヴェイションになる。珍しい光景だ。次回は、この指揮者のオーケストラ演奏会を聴いてみたい。

しかし、プッチーニの音楽はいい。「トスカ」は、主要登場人物4人が幕切れまでに全員死んでしまう*2という、やり切れない物語だが、甘美で豪壮なプッチーニの音楽が乗ることによって、極上の「世話物」になっている。

久しぶりのオーソドックスなオペラ公演を堪能して帰途についた。

*1:カーテンコールで、なぜか「ブー」を浴びせている御仁がいたが、何が不満だったのだろう。

*2:トスカ:自殺、カヴァラドッシ:銃殺、スカルピア:トスカが刺殺、アンジェロッティ:自殺。