ラ・ボエーム

ラ・ボエーム」を観るのは初めてだが、楽しめた。粟國淳の演出は、オーソドックスで変哲はないものの、場所が1942年のスターリングラードだとか、2084年の火星だとか言われるよりは、安心して見ていられる。フランス人の目にはどう映るのかわからないが、現代の日本人からすれば、第2幕のカルチェラタンの雑踏や、第3幕の冬の明け方のアンフェール関門の場面は、十分「19世紀前半のパリ」の風情だ。

ミミのアディーネ・ニテスクとロドルフォのジェイムズ・ヴァレンティは、まあこんなものなのだろう。傑出した歌手というほどでもなく、この水準であれば、いくらでも日本に人材はいるはずだ。日本の国立歌劇場だから日本人を優先すべきだとは思わないが、税金で運営している以上、費用対効果を考えてもらいたいものだ。全体のアンサンブルはよくまとまっており、お気楽なボヘミアンたちという雰囲気がよく出ていた。

実は、本日の主役は井上道義指揮の管弦楽(東フィル)だ。プッチーニの甘美な旋律を重厚かつねっとりした井上一流の語法で歌わせる。軽妙さは失われるかもしれないが、このオペラからヴァーグナー風の響きを引き出すのは面白い。一部の聴衆の期待に反したか、第4幕の開始前に天井桟敷からブーが飛んだ。それに対し、井上は投げキスをして応酬する。相変わらず、向こう気の強い指揮者だ。この個性に惹かれて、過去四半世紀にわたって聴き続けている。今後とも、「自分が正しくて、周りが全部間違っている。」という自己主張の強い演奏を繰り広げてほしいものだ。

新国立劇場は、プログラムの使い回しを始めたらしく、曲目解説などの共通部分を冊子として製本し、公演日や出演者などの各公演固有の情報を別刷りにして挟んでいる。森林資源保護を考えると、賢明な方法だろう。