キタエンコの「英雄の生涯」

HMVに注文したCDが何組か届いたので、その中からドミトリ・キタエンコ指揮の「英雄の生涯」を聴きました。管弦楽は、USSRテレビ・ラジオ大交響楽団という途方もない名称のオーケストラ*1です。キタエンコは、1992年にフランクフルト放送交響楽団を指揮した演奏会を聴き、メインのプロコフィフ第5交響曲の豪壮かつ緻密な演奏に感服して以来、注目している指揮者です。

期待を裏切らず、面白い演奏でした。冒頭から豪快な演奏です。6小節・8小節1拍目のバス、ファゴット、ホルンによるアクセントをどれくらい利かせるかが、私のチェックポイントなのですが、マゼール盤と同じくらいズシッと決めており、及第です。続く「英雄の敵」では、木管楽器がスポットライトを当てるように、次々と強調されます。マルチマイクで収録しているのでしょう。実演では、決してこのようには聞こえませんが、レコード録音ならではの妙と割り切って楽しむことにします。

聴きものは、次の「英雄の伴侶」。ヴァイオリン独奏は、ヴァレンティン・ジューク。当時、モスクワ・フィルのコンサートマスターだったので、この録音のために、わざわざ呼び寄せたのかもしれません。まるで、ヴァイオリン協奏曲のような演奏と録音です。主役の英雄を食ってしまうほど、ヴァイオリンが前面に出ていますが、ひょっとすると、恐妻家シュトラウスは、このような演奏を企図していたのかもしれません。*2

「英雄の戦場」は、期待通り、ドカーンバリーンという爆演になっています。次の「英雄の業績」も、「英雄の敵」と同様、独奏楽器がクローズアップされ、音楽的とは言いがたいのですが、自作からの引用がこれほど分かりやすい録音も珍しいと思います。残念ながら、終結部でトランペットによる「ツァラトゥストラ」主題吹奏の直後の大太鼓の一撃が弱いのが玉に瑕です。ここをズドンとかましてくれないと、残り3小節の静かな余韻が引き立ちません。*3

余白に入っているのは、同じオーケストラをアレクサンダー・コピロフが指揮した「ザロメ・タンツ」。思いっきり下品な演奏を期待していたのですが、わりとまともでした。

というわけで、私の大好きな「英雄の生涯」にまた1枚、名演を加えることができました。値段も900円くらいなので、HMVお得意の「CD3点で25%オフ」セールの3点目が見つからなくて苦労したときなどにお勧めです。

*1:現在、モスクワ放送交響楽団と呼ばれているオーケストラの前身のようです。

*2:シュトラウス自身がバイエルン州管弦楽団を指揮した1941年の録音は、あっさりとしたふつうの演奏です。ヴァイオリン独奏は、プラシドゥス・モラシュ。

*3:シュトラウス交響詩は、大管弦楽の威力を誇示する曲が多いものの、不思議と大音量の総奏で終わる曲は少ないのです。なお、上述の自作自演盤の終結部は、珍しく、ティンパニ以外の打楽器が入らない初稿版で演奏されています。これはこれで味わい深い終わり方です。