「ルオー大回顧展」 膨大な出光コレクションの片鱗

妻は、今日も学会の夏期講習会に朝から出かけ、娘たちは、夏休みの宿題をやるために図書館へ行ってしまいました。一人取り残された私は、さてどうしようかと思案した挙句、妻子が観たがりそうもない展覧会に行くことにしました。ルオーの没後50年を記念して出光美術館で開催されている「ルオー大回顧展」です。出光美術館が所有する約400点に及ぶ世界有数のルオー・コレクションの中から、約200点を選んで展示する、文字通りの大回顧展です。

ルオーの画業を俯瞰するのに、質量とも十分な作品が展示されていました。中でも、銅版画集「ミセレーレ」(1922-27)から後半の戦争画(Nos. 34-58)、そして連作油彩画「受難」(1935:Nos. 1-64)は、各々のシリーズ全作品を所有する当美術館ならではの展示と言えるでしょう。

特に、戦争の諸相を描いた「ミセレーレ」の戦争画は圧巻でした。キリストの聖顔布の下で髑髏のような兵士がうなだれる154「廃墟すら滅びたり」で始まり、出征の前の別れを惜しむ親子にが骸骨が歩み寄る156「これが最後だよ、おやじさん」、聖顔布の下に戦死者が横たわる167「深き淵より・・・」、死んだ兵士たちが墓から起き上がる174「死者よ起て!」*1等、悲惨な絵が25点も続きます。連作の最後が、聖母子像(176)、磔刑図(177)、聖顔布(178)の3枚の宗教画で結ばれるのが、かすかな明日への希望となっています。

そのほかの作品では、泥の中に塗り込められたようなキリストの11「辱めを受けるキリスト」(1912)、安っぽいジンタが聞こえてきそうな16「客寄せ」(1919)、背景の深い紺色に魅入られそうになる18「女の顔」(1925)、ミレーへのオマージュとも言うべき田園画30「たそがれあるいはイル・ド・フランス」(1937)、キリストのような高貴さを漂わせる53「アルルカン」(1953-56)などに深い感銘を受けました。

ルオーの絵は、宗教的な題材を扱ったものだけでなく、世俗画にも宗教的な雰囲気が漂います。正直、信仰がなく、聖書やキリスト教史に精通しているわけでもない私が、十分理解できたとは言えないでしょう。しかし、対象物の核心を抉り出すような真摯な筆致には、強く惹かれるものがあります。ルオーを系統的に観て、改めてこの画家の偉大さに触れるることができたのは、得がたい経験でした。

*1:ヴェルダンの激戦の最中、フランス軍の兵士が叫んだ言葉なのだそうです。