セルの「運命」

ジョージ・セルがクリーヴランド管弦楽団を指揮したベートーヴェン第5交響曲の旧盤*1が復刻されたので、HMVから取り寄せました。セルの第5には、個人的な想い出があります。私が子供の頃、我が家にあった数少ないクラシック音楽のLPの中に、この演奏*2があったのです。子供心に怖い曲だなあと思っていました。特に、第2楽章は、雲が低く垂れ込め、鉄条網が延々と続く荒涼とした戦場の景色が目に浮かぶようでした。長じて、この曲に親しむようになってからは、第2楽章にそのようなイメージを抱いたことはありません。果たして、セルの旧盤の第2楽章はどのような演奏だったのでしょうか。それを知りたくて、買ったわけです。

聴いてみると、やはり、第2楽章は、荒涼とした戦場を想起させるような演奏でした。演奏時間は10分3秒ですから、そんなに遅いテンポではないのですが、旋律をじっくり歌わせているせいか、聴き応えのある演奏になっています。他の楽章の演奏もすばらしいもので、第3楽章トリオのバスとチェロのゴリゴリ感や終楽章の緊迫感は、セルがヴィーン・フィルを指揮した1969年ザルツブルク盤を凌ぐほどです。モノラル録音ですが、鮮明な録音で、鑑賞上支障はありません。これで、終楽章提示部を反復していれば、私にとって理想的な演奏になったと言っても過言ではありません。


「運命」第1楽章再現部のホルン問題
セルは、クリーヴランド盤、ヴィーン盤いずれも、第1楽章再現部(303小節)のファゴット独奏をホルンに高らかに吹奏させています。往年の大指揮者たちが好んで行った変更です。楽譜ではファゴットが指定されており、ホルンは306小節からオブリガートをつけるだけなので、恣意的な変更と言ってしまえば、それまでなのですが、私は、この処理が好きです。剽軽な音色のファゴットよりも、勇壮に鳴り渡るホルンの方が曲想に合っている気がします。

私の手元にある23種類の第5のCDを調べてみたところ、この変更を行っているのは、フルトヴェングラー*3、バルビローリ*4、そしてセルの2種だけでした*5。ちょっと変わった処理としては、ライナー*6とアッバード*7は、いずれも303小節からファゴットとホルンを同時に吹かせているように聴こえます。原典版と改訂版の折衷的な処理と言えるでしょう。無論、私の趣味は、潔くホルンだけ、です。

*1:1955年11月26日録音。

*2:エピックLC3915。カップリングは同日収録のシューベルト第8交響曲

*3:ベルリン・フィル。1947年5月25日・27日録音。

*4:ハレ管弦楽団。1947年5月19日録音。偶然にも、上記フルトヴェングラーの歴史的復帰演奏会の約1週間前の日付です。

*5:1980年11月5日録音のマゼール指揮ヴィーン・フィルは、ファゴットで演奏していますが、私の記憶に間違いなければ、1977年10月のクリーヴランド管弦楽団との録音では、ホルンで演奏していたはずです。

*6:シカゴ響。1959年9月5日録音。

*7:ヴィーン・フィル。1987年10月録音。