「ヒトラーの贋札」 重い問いかけ

前から観ようと思っていた映画「ヒトラーの贋札」の東京での公開が21日で終わることを知り、終業後、慌てて東銀座の映画館「シネパトス1」に出かけました。晴海通りの真下の地下街で居酒屋と軒を並べる古い映画館です*1。雨の休日前とて、小さな館内はがらがらでした。

重い映画でした。登場人物の誰ひとり、称揚も指弾もせず、その姿を淡々と描写していきます*2。いかにもドイツ映画らしい辛口の演出です。特に、自らが存えるために、通貨偽造に協力することが利敵行為になるという利害相反の問題は、現代の環境問題にまでつながる重い主題です*3。パンフレットのインタビューでルツォヴィッキー監督が語っている通り、その倫理的な価値評価は、観客ひとりひとりに委ねられています。

冒頭と末尾のモンテカルロの場面を除いて、作中、屋外の場面はほとんどありません。屋内で手持ちカメラを用いて撮影されているので、息苦しいほどの閉塞感を描くのに成功しています。「シンドラーのリスト」のような劇的な演出によらずとも、強制収容所の恐怖を描けることを証明したと言えるでしょう。それだけに、幕切れの夜明けの海は、かすかに明日への希望を感じさせるものでした。

上映終了後、まだ沈鬱な雰囲気の残る映画館を後にし、日比谷のドイツ居酒屋「J’sベッカライ」で遅い夕食をとりました。黒ビール、黒豚のビール煮込み、黒パンで映画の苦さを反芻したのでした。店を出る頃、雨は上がっていました。

この映画のホームページで興行予定を見ると、首都圏での上映はいったん終わりましたが、順次全国に展開し、5月下旬にはまた首都圏に戻ってくるようです。一見の価値のある映画としてお勧めできます。

*1:映画の上映中、直下を走る地下鉄日比谷線の車両走行音がごろごろと響きます。

*2:私の趣味では、ゾロヴィッチとヘルツォークの最後の応酬は蛇足に思えました。映画製作者は、ゾロヴィッチがなぜあれだけ大量の現金を携えてモンテカルロに現れ、それを一晩で費消してしまったのか、その説明責任があると考えたのでしょう。しかし、それよりも、冷酷なホルストの末路を描いてほしかったところです。

*3:この点、映画「シンドラーのリスト」では、ユダヤ人がシントラーの軍需工場で働くことが利敵行為になるという視点はきれいに欠落していました。