「俺は、君のためにこそ死ににいく」

夜、新百合ヶ丘のレイトショウで映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」を観た。知覧から沖縄に向けて出撃した帝国陸軍特別攻撃隊を描いた期待の映画だ。

困った映画である。特攻の史実を後世に伝えようという製作意図は崇高であるし、戦争なかんずく特攻を美化しているとは思わない。しかし、特攻および特攻隊員に関する有名な逸話を断片的に羅列しただけの脚本と、感情失禁表現を濫用した情緒的演出には、失望させられた。そこからは、「統率の外道」たる特攻の戦術的愚劣さや、その犠牲となった英霊たちの苦悩と諦観は浮き彫りにされない。この責は、ひとえに脚本と監督に帰せられるべきだろう。

主演の岸惠子も致命的なミスキャストだ。この女優は、どんな演技をしても目が笑っており、およそ真実味を感じさせない。清濁すべてを呑み込んで特攻隊員たちを送り出した島濱トメを演じるには、最もふさわしくない女優と言うべきだ。徳重聡窪塚洋介筒井道隆*1ら若い俳優陣らが熱演しているだけに残念である。ベテラン助演陣では、石橋蓮司がよい。出撃する特攻機を彼が土下座して見送る場面には、本編中、唯一心打たれた。

一式戦闘機「隼」の可動モックアップやCGなどの視覚効果はよくできている。特攻機側からの視点で描いた戦闘場面も秀逸だ。しかし、出撃からいきなり戦闘場面になってしまうので、戦場に辿り着く前に、多くの出撃機が失われた特攻の無謀さや恐怖を描き切れているとは言いがたい。

私は、「男たちの大和」のように、いい映画であれば家族にも見せるつもりだった。しかし、残念ながら、その必要はなくなった。娘たちの教育の観点からは、去年の夏に連れていった知覧と鹿屋で十分だろう。夥しい数の特攻隊員たちの遺影と自筆遺書という「真実」は、あそこにしかないからだ。
http://d.hatena.ne.jp/Wilm/20060826
http://d.hatena.ne.jp/Wilm/20060827

*1:筒井の抑制された演技は、彼が演じる田端少尉の悲劇を際立たせていた。