「ドレスデン、運命の日」

終業後、有楽町のシャンテシネに映画「ドレスデン、運命の日」を観に行く。1945年2月13-15日に英米軍がドレスデンに対して行った無差別年爆撃を描いた映画である。ドイツ人が初めて第2次世界大戦の戦争被害を描いた映画として、期待があった一方、「ドレスデン、運命の日*1という大仰な邦題、予告編やポスターの作り方などから、単なる恋愛映画なのではないかという嫌な予感もしていた。

観終わっての感想として、私はこの映画を買わない。前半は、登場人物の性格描写や敗戦間近のドイツ国内情勢をドイツ映画らしい律儀さで描き、好感が持てた。しかし、撃墜された*2英軍爆撃機*3の機長*4(ジョン・ライト)とヒロインのドイツ人看護婦(フェリシタス・ヴォル)が恋に落ちるという設定は、どう見ても無理がある。爆撃前後のドレスデンにイギリス兵が出没するというだけで、一気にリアリティを失った。結局、製作者たちが作りたかったのは、連合軍の戦争犯罪とそれによるドイツの戦争被害を直視した歴史映画なのか、映画「タイタニック」のような「大災難サバイバル・ラブロマンス」なのか、よくわからない。

実際、この映画の状況設定は、「タイタニック」に似すぎている。結婚を控えたヒロインが正体の知れぬ若者と恋に落ち、災厄の中を逃げまどう、という点では全く同じだ。婚約者*5や家族*6の描写が好意的でないことも共通する。英米での興行成績を考慮して、わざと似せたのか。無差別爆撃の惨状の再現に努力していることは認めるが、主人公たちの恋物語を重ねたことによって、豪華客船の沈没と同様、恋の成就を妨げる艱難辛苦にしか見えなくなってしまったのは遺憾である。

東京大空襲を材料に同じパターンの映画を作ろう。」という不謹慎な映画製作者が現れないことを切に祈る。

ドレスデンは、1992年5月に妻と訪れた。「エルベ河畔のフィレンツェ」という呼び名とは裏腹に、街全体がまだ戦塵にくすんでいる感じだった。ツヴィンガー宮殿は、まだあちこちで修復作業が行われていたし、聖母教会は文字通り瓦礫の山のまま保存されていた。州立歌劇場(ゼンパーオパー)は、1985年にすでに復元・再開されていた。壮麗な内装は、空襲前と寸分違わず同じという。英米人が破壊してしまったものを、原状に戻さないと気がすまないドイツ人の執念を見た気がした。その後、2005年9月に国立西洋美術館で観た「ドレスデン国立美術館展」の展示によって、聖母教会復元工事がほぼ完成したことを知った。再開記念式典の模様は、この映画でも紹介されている。写真は、1992年当時の聖母教会である。
http://d.hatena.ne.jp/Wilm/20050904

*1:原題は「DRESDEN」である。

*2:ロバート・ニューマンが操縦するアヴロ・ランカスター爆撃機は、マクデブルクの爆撃から帰投の途上、送り狼のBf109夜間戦闘機に撃墜されたことになっている。しかし、マクデブルクとドレスデンは200kmも離れているうえ、マクデブルク空襲は1945年1月16日である。貫通銃創の重傷を負ったロバートがドイツ南東部へ向かって200kmの道のりを1ケ月かけて歩いたとは考えにくいし、そのような描写もない。しかも、墜落地点でロバートの拳銃を奪った少年がドレスデンの病院に担ぎ込まれるので、やはりドレスデン近郊で撃墜されたことになるが、被弾してから200km以上も飛行したようには描かれていない。やはり設定がおかしい。

*3:ドレスデン爆撃に実際に投入されたアヴロ・ランカスター爆撃機が多数登場するが、言われなければCGとはわからないだろう。

*4:母がドイツ人なので、ドイツ語が喋れるという設定である。

*5:私は、極限状態の中で医師としての職業倫理に忠実であろうと務めるアレクザンダー・ヴェニンガー(ベンヤミン・ザドラー)の姿に共感する。

*6:メグ・ライン似のヒロインよりも、妹のエファ・マウト(ズザンネ・ボルマン)の方がドイツ人女性らしくて魅力的に見える。