米国出張へ出発

急遽(一昨日決まったのだが)、米国へ出張に出かけることになった。例によって、午前中は会社に出て残務整理。昼食をとる暇もなく、新宿発13:42発の成田エクスプレス25号(2025M)に乗る。253系Ne-3編成。古い型なので、座席は固定だ。幸い、私の座席1号車5Aは、進行方向を向いていた。品川に臨時停車する。乗客が少なかったのか、横浜方面からの2075M(7-9号車)を品川止まりにして、東京駅で併合しないことにしたようだ。車内販売でサンドイッチとコーヒーを買い、見慣れた総武線の景色を眺めながら、豪華な昼食とする。

14:57空港第2ビル駅到着。すぐに全日空のカウンターでチェックインする。私の搭乗するNH6便は使用機材の延着のため、出発が1時間以上遅れるという。ロスアンジェルスでの乗り継ぎ時間は十分あるので、まあよかろう。成田ではいくらでも時間がつぶせるので、差し支えない。お詫びと称して、2,000円分の食事券をくれた。だったら、車内でサンドイッチなんぞ食べるのではなかった。

携帯電話を借り出した後、南と北の見学デッキに出てみる。これはという機材がいなくて面白くない。わざわざ持ってきたS2-ISで何枚か写真を撮って終わりにする。早々に安全検査と出国審査を抜けて、サテライトに行く。搭乗口のD95ゲートには、まだ別の機材(JA612A:B767-381ER)がいる*1全日空Signetラウンジに行く。P-inでの無線通信を試みるが、通じない。成田空港は、場所によってPHSの電波が届かないので困る。仕方なく、モジュラーケーブルをつないで、ダイアルアップ接続する。ビールを飲みながら、会社のメールを処理する。昔は、成田空港に着いてしまえば、とにもかくにも仕事から解放されたが、今は搭乗直前まで仕事をさせていただけるので、有難いことである。そのうち、機内までメールが追いかけてくることだろう。

18時頃、ラウンジを後にする。外はもうとっぷり日が暮れている。D95ゲートに行ってみると、駐機しているのはJA732A(B777-381ER)。ゲート脇ではP-inで通信できたので、すぐにネットで調べると、2005年4月25日登録の機材だ。機齢1年にも満たない。若ければ若いで、初期不良が出切っていないのではないかと、乗客心理は複雑なのであった。エンジンは、不具合で全取っ替え中のP&W製ではなく、GE製(GE90-115B)なので、安心する。

18:15頃搭乗開始。久しぶりの全日空の北米線だ。座席は7A。昨年11月からロスアンジェルス線にも採用され始めた「New Style, CLUB ANA」のシートなので、広大で快適だ。Cクラスは満席である。定刻から70分遅れで18:40スポットアウト。16Rまで延々とタキシングしていく。16Rの端に到着すると、少しでも遅れを取り戻そうというのか、一時停止せずローリング・テイクオフで滑走を始める。3機続いた全日空機のしんがりで19:05離陸。

ベルト着用サインが消えると、すぐPCを取り出す。電源ケーブルをコンセントに差し込むが、プラグが合わなかったので、客室乗務員に頼んで機内用電源ケーブルを借りる。機内インターネット用のLANケーブル*2も貸してくれる。これらを座席脇の狭い隙間にあるコンセントに差し込もうとするが、なかなかうまく入らない。腰が捩れて痛い思いをする。体も手も大きいアメリカ人だと、座ったままでは差し込めないのではないか。コンセントの位置には工夫の余地がある。

飲食サービスが始まるが、途中で気流が悪くなり、かなり長い中断がある。夕食は、機内食定番のフィレステーキにする。飲食をしながら映画「Mr.&Mrs.スミス」を観る。つまらない映画だった。23時頃、歯を磨いて寝る。座席がほぼ水平になるので、熟睡できた。

2時(太平洋時間9時)頃、飲み物サービスで起こされる。窓のシェードを開けると、すでに明るくなっている。高度はFL350(約10,668m)。スカイマップを見ると、かなり南寄りのコースをとっている。あまり強いジェット気流に乗れなかったのか、出発の遅れを取り戻すことはできないようだ。北太平洋は、海面に白い波が立っている。航路にあたっていないのか、航跡は見えない。

朝食は和食(おにぎり)にする。あまり食欲はないが、現地時間の生活を始めないと、短時間で時差が克服できない。10:20頃、前方に陸地が見えてきた。北カリフォルニアの海岸だ。間もなく、ゴールデンゲートブリッジやサンフランシスコ市街が左手に見えてくるが、かなり沖合いを通過していく。こういうときは、先日買った単眼鏡やS2 ISの望遠が期待通りの活躍をする。明日の夜に降り立つサンフランシスコ国際空港が雲間に#の字に見える。半島の根元、サンノゼの街が真横に見えるあたりで、海岸線に辿り着く。サンタクルーズ付近で内陸に入ったので、モントレーは右側になってしまった。サンアンドレアス断層に沿って南下していく。海岸山脈が準平原になり、やがてセントラルヴァレーの平原が眼下に広がる。シェラネヴァダ山脈は雲の中で見えない。見渡す限りの農地の上に白い綿雲がぽこぽこ浮かんでいる景色は、いかにもアメリカだ。

珍しくロスアンジェルスの上空は雲に覆われている。雲の切れ間からダウンタウンの高層ビルが見える。右旋回してロスアンジェルス国際空港へ降下していく。13:14に24Rに着陸。BB-AA-Bとタキシーウェイを走っていくが、トム・ブラッドレイ国際ターミナルが見えてきたところで停止してしまった。当機が入るゲートにまだ他の便がいるという。10分ほど待っていると、大韓航空B747-4B5*3が出てきた。11:41入れ違いにゲート103にスポットイン。やれやれ長い旅だった。

幸い、入国審査は空いていた。例によって、左右の人差し指の指紋検査と顔写真の撮影をされる。いい気持ちはしない。乗り継ぎ便のユナイテッド航空のターミナル8は遥か遠く(広大な空港の反対の端)なので、シャトルバスに乗る。チェックインまではスムーズにいったが、安全検査が長蛇の列だった。駐車場ビルとの連絡通路まで列が伸びている。係員に「1:15の便なんだけど。」と尋ねるが、「まだ1時間もあるから列に並べ。」と言われる。吹きさらしの通路は、海風が冷たい。コートを成田に預けてこなくてよかった。待つこと30分、ようやく順番が回ってきた。靴を脱ぎ、ベルトを外して、まるで罪人の気分である。米国内の航空旅行は、必要以上に時間のかかる気が重い仕事になった。

ようやくターミナルに入ると、私の搭乗するUA6166便が出発するゲート88Bは、これまた一番端だ。ようやくゲートに到着すると、すでに搭乗が始まっていた。ボーディングブリッジを下っていくと、階段で地上に降り立つようになっている。そこに待っていたのは、30人乗りの双発プロペラ旅客機EMB-120(N308SW)である。スカイウェスト航空の機材だ。私がこれまで乗ったことのある飛行機で一番小さいかもしれない。下に降ろしたドアの裏側に刻まれた狭い階段を登って搭乗。機内は、右2列左1列*4で狭い。私の席は6A。非常口の席だ。愛想の悪い客室乗務員がやってきて「非常ドアの外し方を理解したうえで、非常時に協力してくれるか。」と尋ねてくる。もちろん。いざというときは、記念に非常ドアを持って逃げる覚悟はできているので、任せてほしい。

機内誌を読むと、EMB-120がいかに安全な機材かが説明されている。衝突防止装置や高度警告装置が装備されていることを殊更に強調されると、やっぱり危ないんだなあと思う*5。N308SWは、1997年の製造だが、内装は何だか古ぼけた感じだった。

13:14スポットアウト。まだプロペラは回っておらず、トーイングカーに押し出してもらったらしい。やがてプロペラがぶんぶん回り出し、タキシングを始める。25Rの端から滑走中、機体がやや右に流され、横風を受けながら滑走することの難しさを再認識させていただく。11:32離陸。あっと言う間に舞い上がる。太平洋に向かって真っ直ぐ上昇していった後、左旋回して海岸線に並行になる。これだけの小型機だと、プロペラの推力で高い空を飛んでいるということをひしひしと感じる。

サンディエゴに近づくと、雲の中を階段状にすとんすとん落ちながら降下していく。ダウンタウンの上空を通過し、コロナド・ベイブリッジの手前で右旋回し、サンディエゴ国際空港に接近する。14:06RWY27に着陸。14:08シャトルターミナルのゲート4(正確には、ゲート4近傍の駐機場)にスポットイン。ターミナルに降り立つと、田舎の空港という風情で、アメリカの空港らしい喧騒はまったくない。タクシーも止まっていないので、係員に呼んでもらう。

タクシーでI-5を北上し、ラホヤへ行く。15時前に今日の宿ラホヤ・インに到着。エレベータもない古びた小さいホテルだ。早めに到着したので、ペントハウスの広大なスイートにアップグレードしてもらえたのはまことに幸運だったが、3階まで荷物を抱えて階段を上がってみると、まだ清掃中だった。掃除のおばさんに「どれくらいかかる?」と尋ねると、「わからん。」という愛想なしのお返事。仕方ないので、荷物を置いて散歩に出かける。日の光を浴びた方が時差調整にはよい。

ホテルの前の坂道を下るとすぐに海岸に出る。空は青く晴れ、水平線が丸く見える。先週・先々週と眺めた太平洋を反対側から眺めることになるとは思わなかった。まず、海岸線が長く伸びている北に向かって歩いていく。ラホヤ・ケーブという侵食洞穴があった。カモメ、ペリカン、ウミウなどの海鳥が無数に群れている。崖の上の小道は角を曲がるたびに新しい景色が開けて飽きることがない。30分ほど歩いてからUターン。ホテルの近くまで戻ってから、今度は南に向かって歩く。数百m先に、砂浜があり、そこに200〜300頭ほどのアザラシがごろごろ寝転がっていた。保護区になっているらしく、砂浜に立ち入れないように監視員がいる。海にせり出した護岸から間近に寄って見られるようになっている。動物園や水族館以外で野生のアザラシを見るのは初めてだ。2〜4月は繁殖期だということで、親子連れのアザラシが多い。昼寝の時間なのか、仰向けになって寝ているやつもいる。

16時過ぎにホテルに戻る。部屋の掃除は終わっていた。改めて部屋を見ると、LDK、ベッドルーム、バスルームを合わせた面積は、拙宅よりも広いのではないかと思うほどの広さだった。出張で1泊するにはもったいない。ソファでうとうとする。

18時半頃、現地法人アメリカ人もやってきた。19時から1時間ほど二人で仕事の打ち合わせをする。その後、ホテルで紹介してもらったシーフードレストランへ行く。キハダマグロの刺身の炙り焼きのような料理がおいしかった。ホテルに戻ると、他の日本人の現地法人社員二人も到着しており、4人で深夜まで打ち合わせ。寝たのは1時過ぎだった。今日のエントリに現れている通り、長い長い一日であった。

*1:後で写真を見て気づいたが、このときJA612Aの背後をタキシングしていったJA707Aは、帰りにサンフランシスコから搭乗した機材だった。

*2:指定された「connexion」のURLを入力してもサーバに接続できず、結局使えなかった。無線LANの方がいいようだ。

*3:ソウル経由成田行きのKE018便だろう。

*4:左右の重量バランスは取れるのだろうか。そう言えば、小型機では行われることが多い体重検査はなかった。

*5:米国国家運輸安全委員会(NTSB)によれば、過去20年間でEMB-120による重大事故は4件。うち1件はセスナ機との空中衝突事故なので、EMB-120単独の墜落事故は3件で、計60名の乗客乗員が亡くなっている。機体数や飛行回数を考慮すると、圧倒的に安全な機材と言えるだろう。