特別輸送艦「酒匂」

特別輸送艦「酒匂」を作った。復員船仕様なので、15cm主砲3基と魚雷発射装置2基以外には兵装がない。同じシリーズの「矢矧」や「阿賀野」は、高角砲や機銃などの対空装備はもちろん、零式水上偵察機2機がついているようなので、簡素な「酒匂」は連斬模型シリーズ愛好者の間でも人気がないようだ。しかし、私は、この仕様の「酒匂」でこそ興味がある。作るのは比較的簡単だが、湯口の大きい部品があるので、ゲート処理やタッチアップは必須だ。完成してみると、美しい艦型である。

すでに書いたとおり、「酒匂」は、1946年7月1日にビキニ環礁で行われた原爆実験「クロスロード作戦」の「エイブル」実験(空中爆発実験)の標的艦にされた。「酒匂」は、被爆後24時間燃え続けたという。鎮火後の「酒匂」の写真を見ると、艦橋は辛うじて残っているものの、マストや煙突が前方に折れ曲がり、後部の構造物は原型を留めないほど破壊されている。舷側の日の丸や「SAKAWA」の文字は見えない。米国海軍の艦隊曳船ATF-148「アコマウィ」が鎮火後の「酒匂」を牽引し始めたところ、「酒匂」は、急速に左舷に傾き、艦尾から沈没を始めたようだ。「アコマウィ」は、「酒匂」もろとも海底に引きずり込まれるのを避けるため、慌てて牽引索をアセチレン・バーナで焼き切ったという。敵に一矢報いようという「酒匂」の今際のあがきだったのだろう。

ナショナルジオグラフィック」のホームページに、1946年7月25日に行われた「クロスロード作戦」の「ベイカー」実験(水中爆発実験)の映像がアップされている。これを見ると、爆心地から200mのところにいた「長門」が、あれだけの衝撃波や巨大な水柱の崩落によく耐えたものだと思う。別のサイトで海底の「長門」の写真を見ると、ほぼ転覆しているものの、各部はかなり原型を留めているようだ。

しかし、人類史上最初の5発の原爆中4発*1、そして米国最初の水爆実験*2において、日本人の生命・身体・財産が犠牲にされたことに、改めて憤りを覚える。

「クロスロード作戦」で標的艦にされた主な艦船とその運命をまとめる。アメリカの艦船は、いずれも退役間際の老朽艦で、実験を生き延びたものも、その多数は訓練標的になるなどして海没処分されている。それに対し、「長門」や「プリンツ・オイゲン」は、「大和」や「ビスマルク」亡き後の日独を代表する戦闘艦であり、政治的な意図のもとに実験台にされたのは明らかだ。しかし、いずれの艦も、A・B実験を生き延びたので、政治ショウは失敗に終わったと言ってよい。

国籍 艦種 艦番 艦名 運命
戦艦 長門型1番艦 長門 B実験の5日後沈没
軽巡洋艦 阿賀野型4番艦 酒匂 A実験の翌日沈没
重巡洋艦 ヒッパー級3番艦 プリンツ・オイゲン 1946/12/21沈没
戦艦 BB-33 アーカンソー B実験で沈没
戦艦 BB-34 ニューヨーク 1948/7/8海没処分
戦艦 BB-36 ネヴァダ 1948/7/31海没処分
戦艦 BB-38 ペンシルヴァニア 1948/3/4海没処分
巡洋艦 CA-24 ペンサコラ 1948/11/10海没処分
空母 CV-3 サラトガ B実験で沈没
駆逐艦 DD-367 ラムズ A実験で沈没
駆逐艦 DD-411 アンダーソン A実験で沈没
輸送艦 APA-57 ジリアム A実験で沈没
輸送艦 APA-69 カーライル A実験で沈没
潜水艦 SS-184 スキップジャック B実験で沈没a
潜水艦 SS-196 シーレイヴェン 1948/9/11海没処分
潜水艦 SS-203 トゥナ 1948/9/24海没処分
潜水艦 SS-305 スケート 1948/10/21海没処分
潜水艦 SS-308 アポゴン B実験で沈没
潜水艦 SS-335 デンチューダ B実験で沈没b
潜水艦 SS-384 パーチェ 1970/6/18売却処分
潜水艦 SS-386 パイロットフィッシュ B実験で沈没c

a 実験後引揚げられ、1948/8/11海没処理。
b 実験後引揚げられ、1969/1/20売却処分。
c 実験後引揚げられ、1948/10/16海没処理。

*1:1945/8/6広島投下、1945/8/9長崎投下、1946/7/1「エイブル」実験、1946/7/25「ベイカー」実験

*2:1954年3月1日にビキニ環礁で行われた米国最初の水爆実験「キャッスル作戦」の「ブラヴォー」実験で排出された放射性降下物を危険水域外(ビキニ環礁の東方160km)で操業中の日本のマグロ漁船「第五福竜丸」が浴び、被爆した。