カプリッチォ

今日のオペラは、東京オペラ・プロデュースによるシュトラウスの「カプリッチォ」だ。「月光の間奏曲」を聴いたことがあるだけの作品だが、なかなか感銘を受けた。場面転換もないし、何のドラマもないが、全編にわたって音楽が精妙で美しい。プロンプターが登場して、「アリアドネ」のようなメタ・オペラの様相を呈する仕掛けも面白い。主題は、一見、「詩か音楽か。」という二元論のようだが、実は、オペラ様式の終焉を告げているのではないか。ブーレーズが「オペラ劇場を爆破せよ。」と喝破する20年以上も前に、シュトラウスが自らのオペラ制作とともに、オペラ様式そのものにも幕引きをしたように見える。管弦楽・歌曲・オペラの分野であらゆる表現の可能性を開拓したシュトラウスならではの諦観だろう。オペラの勃興期に作られた台本に依拠しているのが逆説的だ。

主演の菊池美奈以下、声楽陣は健闘したと思う。それぞれが役になりきっており、違和感がなかった。演出はオーソドックスだが、細部にまで神経が行き届いていた。月光の場面以降、終景の美しさが印象的だった。

興味深かったのは、今、戦記「Uボートコマンダー」を読んでいるのだが、ちょうどこの曲が初演された1942年10月20日頃の記述にさしかかっていたという奇妙な符合だ。大西洋の戦闘で満身創痍となったU333が母港に帰投しつつある頃、ミュンヘンでこの優雅なオペラが演奏されていたという事実は、あまりに対照的だ。

残念だったのは、客層の悪さだ。招待券が大量に配られたのか、新宿コマ劇場のようなノリの方々が多く、前奏曲が始まっても私語がやまないのに始まって、飴の包装をみちみち音をたててむくわ、傘は倒すわ、なぜか小銭をちゃりんちゃりん落とすわ、携帯電話は着信するわ(井上道義マーラー・チクルス第1回の事故を想起した)、なかなか賑やかな客席であった。

会場の中野ZEROホールは、かつて中野坂上に住んでいた頃、生活圏だった。幼い長女を自転車に乗せて紅葉山公園によく遊びにきた妻はしきりと懐かしがっていた。蒸気機関車C11 368は今も健在だった。中野駅から中央線に乗り、豊田まで行き、19時過ぎに日野の実家に帰り着いた。
ISBN:4150501815