「零式戦闘機」読了

吉村昭の「零式戦闘機」を読了した。零式艦上戦闘機の開発史と太平洋戦争史を重ね合わせた力作であった。およそ戦艦の建艦と関係なさそうな棕櫚の話から始まる「戦艦武蔵」と同様、本作も牛車が冒頭に登場する。三菱重工業株式会社名古屋航空機製作所から岐阜県各務原飛行場まで試作機・完成機を牛車に頼って運搬していたという事実に、当時の日本の道路事情や工業力が象徴されている。このような不利な条件のもと、海軍航空本部の無理な要求仕様を実現すべく、航空技術者たちの奮闘によって零式艦上戦闘機が開発されていく過程が丹念に描かれている。「プロジェクトX」で採り上げるべきであったろう*1。第2次世界大戦中、連合国は総合力で零戦に勝る戦闘機を開発できなかったが*2、兵器や乗員の優秀さを連合軍の物量が圧倒していく様は、まさに日本の敗戦に至る道筋そのものである。劣悪な物資補給に加え、1944年12月7日に名古屋を襲った東南海地震(M8.0)、および同12月18日以降反復されたB29による戦略爆撃により、名古屋航空機製作所が壊滅的な打撃を受け、零戦の生産は激減していく。そして、迎える敗戦。生産現場での虚無感は果てしなかったに違いない。産業人の戦史として、一読をお勧めする。
零式戦闘機 (新潮文庫)

*1:新幹線やYS-11の開発物語の中で間接的に紹介されているに過ぎない。

*2:米軍機は、零戦との間では1対1の格闘戦を避け、2対1による「ヒットアンドアウェイ」戦法を採った。ドイツのティーガー戦車1輌に対し、M4戦車4輌がかりで対戦したのと同様の戦術である。